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コラム

【キミの女装の中心線#02】女装歴8年のキミと、花に囲まれて

#02

大人しく家に帰る人と、賑わっている場へ向かう人。

夜の新宿は街として役割が変わってくる。
グンと色が濃くなって目尻が上がるような思いになるのは夜空と沢山の雑居ビルのせいだと思う。

私は新宿の喫茶店で占いの仕事を終えて、これからデートの待ち合わせ場所へ向かう。今日のお悩みはやや軽いものであった。占いに来る相談内容で多いものはダントツで恋に関することだ。大学生はもちろん歳をとってもみんな恋をしている。恋なんかしてないよという顔をしながら「好き…」と思う、そういうのもいい。もう物理的に想いが叶いそうにないものでも心の中で相手と一緒に生きていく。その折り合いの中に占い師の自分がいる。

伊勢丹の向かい側に長身でロングヘアの人が立っていた。今日のデート相手である女装男子だ。女装歴8年。前回会った女装男子は初めて女装をした人だったので、今回私はまた違う緊張をしている。

すぐに見つけることが出来た

彼女の名前は「Rei」さんだ。

「はじめまして、今日はお願いします」

髪をかきあげながら真っ直ぐにこちらを見て挨拶をされると、そちらのペースに飲まれていきそう。我々はお花に囲まれた店へ向かった。



「はじめまして。今日、このお店でReiさんに会いたかったんです」

事前に華やかな彼女の顔立ちの写真を見ていた。いつも思うのは花は人間の方を向いて咲いているのではないかということだ。先ほどのReiさんの目線は花が与える印象に近い。自分の直感は当たっていた。

じぃっと見よう

お通しは「好きなお花を選ぶこと」という、花づくしの時間がはじまる。花言葉をこんなにゆっくり見たのは初めてかもしれない。花は退店時に包まれ持ち帰れるそうだ。

「ドライフラワーが好きで、お家に飾ってるんで超嬉しいです」
「わたしも」

緊張して右の花の名前を聞いたのに忘れる

お互いに相手に贈る花とドリンクを選んだ。目の前に花瓶が置かれた。カウンターで横並びに座るのは真正面に座るよりも緊張しない。左横を少し見ると「美味しい…」と彼女は小さく呟いていた。

いつ撮ってもブレても美

「Reiさんは普段、何をされているんですか」
「会社員で映像制作の仕事をしています」
「映像。髪は地毛ですか」
「ずっと伸ばしているんです。時々切りたい衝動に駆られるけど、ここまで来たんだしもったいないかなと我慢してます」
「それ、女友達とよく話すことです。Reiさんとも共有できて嬉しいです」
「女装歴8年なんですけど、時々コロコロと自分のなりたい姿を変えながら模索しています。メインはZARAを着てそうな女子の姿なんですけどね」
「今日もモード系で、かっこいい感じですよね」
「これもZARAです。ここ、靴のサイズも幅広くあるからヒールやブーツのチョイスに助かっています」





照明は落とされ、プロジェクションマッピングが賑やかにスタートした。モネの絵画がコロコロと映し出される。花束をイメージしたサラダも運ばれてきた。

「こういうの、どこから食べていいか分からないですよね」
「あ、じゃあ僕が先陣をきります」

Reiさんは手際良く花束サラダから葉っぱ達をするりと抜いて、皿に盛ってくれた。

このピースと頼もしさ

先陣をきる者には心が開く。少し彼氏のような感覚になってくるが、まだ彼女と話を続けたい。

どの世界にも、その世界だけで使われる用語があると思うが例外なく『女装用語』もあると教えてくれた。

「パス度と言って、女装の完成度を表す用語があるんです」
「どうやって使うんですか」
「今日の自分、パス度50だわ〜とか。パス度の明確な基準は特にないんです。いかに女の子の姿に近づいているかという曖昧な使い方をしています。肩幅だったり、喉仏をどう隠してるかとか」
「ちなみにReiさんの本日のパス度は、おいくつですか」
「うーーん、60〜70かな」

満点は100なんだろうか。こちらから見ると彼女の姿はパス度120だと思う。つい私も自然にパス度を使ってReiさんを見ていることに気づく。パス度を使うまでは「綺麗」や「可愛い」で表すしかなかった。女装男子はその用語を使うことで、装った胸の高まりと充実感を表しているのかもしれない。そして少しの競争感も。

「あと女装する上でおっぱいをどうするか問題もあります。僕はニセ乳は付けてないですが付ける人もいます。他にはヌーブラで脇の下の肉をかき集めて谷間を作ったり、シリコンのおっぱいを貼り付けたりも」
「それもパス度にこだわると沼になっていきますね」
「はい。僕の友達で女性らしい丸みがあるフォルムのマーメイドスカートを履く子がいるんですけど、その子は腰にぐるりとウレタンスポンジを巻きつけて丸みを実現していました」
「そこまでするんですか」
「彼と温泉に行ったとき脱衣所で、腰にそれを巻き付けているのを見てびっくりしたんです。聞くとホームセンターで固まりのスポンジを買い、自分で加工したと」
「女装もDIYと近いんですね」

職人のような話を聞いて膀胱が刺激され洗面所へお花摘みに行った。

男性の骨盤とお尻を女性に近づけるには、丸みが大事なのか。パンツを下ろした状態で長年のコンプレックスである大きくて丸いお尻を撫でて、どうこの気持ちの折り合いをつけるべきか考える。この尻を褒められた熱い日もあるし、デカすぎると言われた寒い日もあった。今日は大寒波が来ているので熱くしたいものである。

追加のお茶を頼んで、また彼女と話し込む。
「今日、大寒波ですよね」
「きてますね。まだ東京はそんなでもないらしいですけど」
「よかった」
「女装用語と言えば今日、僕はA面です」
「カセット?」
「そう。A面が女装した姿。B面が男の姿。C面は中性的な姿」
「へぇ。銭湯とかどうするんですか」
「B面です。この前ロングヘアの女装男子3人で行ったんですけどジロジロ周りに見られるんですよね」
「なかなかロングヘア3人男子が揃ってるところ見ないですよね」
「うんうん、でもなんか負けたくないなと思ってロン毛をなびかせ周りを圧倒させました」
「なるほど。なにかの闘いに勝ってる」

途中、プロジェクションマッピングが壁紙を虹色に輝かせ、遠く離れたテーブルで誕生日が祝われた。誕生日を迎えた人は紙で作った王冠を被ってフラフラに酔いながら花束をもらっていた。あの花束は帰りの電車で、酔った本人に抱きしめられて帰るのだろう。

「僕、ザ・女の子の姿になる女装だけでなく、ボーイッシュな女の子に寄せる女装もしたりします」

スマホの中の写真を何枚か見せてくれた。ショートのウィッグを被っている姿は今の状態とはまた雰囲気が違う。A面の中にも派生があるということか。

「色々と学びの多い日です、ありがとうございます。女装を始めて、自分のセクシャルが変わる人っています?」
「はい、いますね。内面もC面、つまり中性的になる方もいます」 
「外見から入って段々と内面も移行していくこともあると。Reiさんは普段女装男子たちと会うことは多いですか」
「女装男子を集めたイベントの企画や運営をしていますよ。何年も前からやってて、初めは東京中心でしたが今は全国規模です」
「いろんな方が来るんでしょうね」
「女装に興味があるけどまだ経験していない方も来たり。女装コンテストも同時に行ってます。そこで大事なのは順位を付けないこと。女装は競うものじゃないと思うんですよね」
「パス度だけ見ると、ちょっと競ってる感ありますもんね」
「なので何個か賞を作るんです。女装の原石に送る賞とか、今後の活躍を祈る賞とか。とにかくみんなに自信を付けてもらいたい」
「原石って会場にゴロゴロいますか?」
「もちろんいます。その時はこちらから声をかけて女装の道を教えることも」

自分自身が楽しむだけでなく原石を発掘することもあるんだ。第一回で初女装をしてくれた書店員の彼も、原石であることには違いなかった。
先日、女装サロンのスタッフさんが言っていた「この仕事を始めてから街中で歩いている男性を見ると、女装が似合いそうだなと思う瞬間が増えた」という言葉を思い出した。次の女装はキミだ、という思いになるのは女装したことで男性達の今まで抑えていた感情の解放に繋がることがあるからだと思う。泣きながらつけまつ毛を付ける人は少ない。私だったら楽しくなりたいから化粧をする。私が占いを続ける理由も悩んでいる人が「軽くなりました」と言ってくれるからである。

交換の儀

濃厚なデートの時間の経過は早い。我々は地上に出てきた。お別れの時。ネイルも抜かりなく塗られている彼女の手を見て、花を交換する時間の贅沢さ。「花のような人ですね」とは簡単に言えるけど実際の人間に言いたくなるのも初体験だ。



じゃあ最後に全身撮りますね、と言うと難なくポーズを決めてくれるReiさん。いくら美しくても、自信がないと自分をうまく出すことが出来ないだろう。彼女は花が脇役になるくらい、会話でも私を楽しませてくれた。またどこか新宿の夜の霞の中で会いましょう。

次回は女装歴3年、ピンク命の女装男子と出会います、おたのしみに。

*今回デートした女装モデルさん
Reiさん

* 作家プロフィール
ご機嫌よう。稲田万里(いなだ・まり)です。
福岡県出身の作家、占い師。東京デザイナー学院卒業後、ブックデザイナー佐藤亜沙美氏に師事。その後、不動産会社、編集プロダクションなどに勤務し、スナックのママも経験する。占い師としての専門は霊視、易。2022年の10月、ひろのぶと株式会社より初の著書『全部を賭けない恋がはじまれば』を上梓。Twitter @chikazukuze